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  • 4 days ago
Transcript
00:00旅の始まりは幕末に大活躍したある偉人が眠る場所。
00:11こんばんは内藤隆です。ここは坂本龍馬さんのお墓です。
00:19いつ来てもきれいなお花がこのようにその龍馬なんですけども生誕から今年2025年で190年目にあたるそうです。
00:32墓があるのは京都の街並みを一望できる東山の中腹。
00:44盟友中岡慎太郎と共にここで静かに時を刻みます。
00:55僕は俳優としてですね、ドラマの中でさまざまな坂本龍馬さんと会ってきました。
01:02初めてはですね、なんと坂本久さんが親になった坂本龍馬が初めてなんですね。
01:08その後、武田哲也さんとか、あるいはダウンタウンの浜田さんとか、切る役もやったことがあるんです。
01:17坂本龍馬は日本に夜明けをもたらした幕末の風雲寺。
01:24自分で言うのもなんなんですけど、坂本龍馬さんに似てるっていう。
01:33どうですかね。
01:35こういう。
01:39どうでしょうか、皆さん見てください。
01:42でですね、この坂本龍馬は33年という短い時間なんですね、生涯が。
01:51その生涯の中の最後の2年、この京都と深い関わりがあったそうなんです。
01:55まだたくさんの謎が残ってるそうなんです。
01:58今回はですね、皆さんとともに龍馬の最晩年の2年旅をしてみたいと思います。
02:04手破ったとおっしゃったのは。
02:07そうですね、こっちの家ですね。
02:08こっちに多分出たと思うんですよね。
02:11これも結構歩いてきましたよ。
02:13全速力で逃げてるんでしょうね。
02:15材木小屋で休んだ日があるんですね。
02:22生きる気満々ですね。
02:23はい。
02:24これででも相手を殺すって相当な強い思いがないとできないわけです。
02:30そうですよね。
02:32僕これやっぱり、じゃあ誰がこうしたのかってなると、誰が得するかと思うんですよ。
02:37ああ、そうですね。
02:38あの中国家の家計ですか、財政の。
02:41そうですね。
02:42全中発作を作ったのは彼であろうという証拠になりますかね。
02:47そうですね。
02:50京都に残る坂本龍馬の伝説を検証。
02:54歴史の真実に迫ります。
02:57あなたの知らない京都旅1200年の物語はじめまして内藤です。
03:14よろしくお願いします。
03:18歴史作家の河井敦史さん、龍馬に関する著書も多数執筆しています。
03:27これですね。晩年、本当に一部の出来事なんですけど、慶応2年1866年、龍馬32歳の時に有名な薩長同盟が結結されて、そのすぐ後に龍馬は伏見でですね、幕府の取り方に襲撃されるんですね。
03:45その後ですね、新政府の構想を提示して、その後、体制奉還というのを一生懸命進めて、その1ヶ月後半が龍馬は33歳で殺されるということですね。
03:58今見ていただいたように、わずか2年間で龍馬はこれだけのことをやっているんですが、そういう中でまずはその1つ目の検証ということで、こちらをじゃあめくってください。
04:11ええ、ちょっとできてますけど。
04:16ああ、なるほど。
04:18そうなんです。
04:19この大けがをしたと言われている。いろんな部分的なことだけしてるんですよ。例えば銃を持ってたとか。
04:26はいはい。
04:28同盟締結の3日後龍馬はハタゴの寺田屋で幕府の役人たちに襲撃されます20人以上もの取り方から龍馬はどうやって逃れたのでしょう?
04:45だってそうですねもうあの部屋の中に20人以上こう入り込んできたんで多分あの寺田屋の周りにはもっともっと倍ぐらいの人がいたと思うんですよねこれせっせと一緒に検証するとどうやって逃れたかって分かります?分かります。
04:59実際にこれから寺田屋に行って検証しましょうかそうですねはいいきましょう伏見ね来ましたけど内藤さんはもう伏見は?はいあの多いですねドラマに関するときにその場所へ行ってみるっていうのがあるんですよあっそうなんですか?はい例えばですけどもここねあっ見えてきましたねこちらですよねそうですよねそうですよなの?
05:04はいここがですね龍馬がよく泊まっていた寺田屋ですね
05:34Yes, it was like this kind of situation.
05:38Yes, it was like this.
05:40But it was a time when I was at the time of the building.
05:44It was in 1868 in the summer of 1868.
05:50It was here.
05:52It was here.
05:53It was here.
05:54It was here.
05:55It was here.
05:57I was thinking that it was all loaded but in the same time when I gotCHASED so many years ago, I was actually thinking about it.
06:07Let me have to wait.
06:09I was wondering?
06:14You mentioned the situation that was called寺田屋騒動.
06:22That's right.
06:52新たな国づくりに奔走する龍馬は幕府から見れば女将の転覆をたくらむ犯罪者にほかなりませんでしたそのためこのころの龍馬は幕府や新選組などから常に命を狙われていたのです
07:16寺田屋の2階で長州藩市の三好新造と一緒にいた龍馬
07:37そこに危険を知らせてくれた人物がいました
07:46僕ドラマ上ですよお寮さんがお風呂から駆け上がって誰か来たぞって言ったっていうふうに僕は知識っていうかありますけどもそのとおりなんですね龍馬実際手紙でですねお寮がやっぱり教えに来てくれた
08:02龍馬の妻お寮は入浴中に外の騒がしさから異変を察知
08:09裸のまま2階に駆け上がり龍馬たちに危険を知らせたといいます
08:24どういうふうに戦ったんですかね あの龍馬はね高杉晋作からピストルをもらっててそのピストルを使ってあの戦ってるんですね撃ったんですか撃ったんですね
08:33結局その全部打ち尽くしてしまった弾を入れようとしていろいろやってるところをなんか 手を切りつけられて
08:41両方の親指と人差し指をやられてしまって相当引き継が深かったんでもう逃げなくなっちゃったんでであのピストルを捨てたと隣にいる三好心臓に打ったら三好心臓もじゃあ槍を捨ててで一緒にその後ろの階段みたいなのがあったらしくてでそこから降りてこの裏手のところを通って隣の家のですね
09:02雨戸をぶち破ってですねでそれでも必死に逃げたんですけどもうなんかめまいがしてしまったその逃げたルートがね大体分かるんですよ
09:13お寮の起点により寺田屋からはなんとか脱出することができた龍馬
09:20両手に大けがをしながら薩摩藩邸を目指しての逃亡劇が始まります
09:29どうやって逃げ切ったのかそのルートをたどってみることに。
09:38多分ねここに行ったのはほぼ間違いないと思うんですよね今でもねこう残ってますけどねこっちあなんかいろいろなはい通りの名前
09:49両馬通りそこ? そうですねここね龍馬通りっていうんですよ
09:54素敵な商店街がありますがこれ昔から多分このあたりに道があったと
10:01これ龍馬さんのなんか関連っぽいですねここもね。
10:04あーそうですねこれ多分龍馬の紋章ですよね奇境の。
10:10奇境だってもう紋ですもんね。
10:12そうです家紋ですね坂本家のね。
10:14闇雲ですかこのあたりは。
10:16もうねあの真っ暗だったんですけどただ土地感があるのでそこそこ道は分かってたと思うんですよね。
10:22この辺になったから取り方は全然いないですねいなかったですはいそしてまた大きい道に出てきますけどもこれをこちらですねはいやっぱり札馬判定を目指してますかはい目指してますね
10:36龍馬通り商店街を左に曲がって進みますこちらに向かったのにはある目的がここで何かちょっといったん一時休憩したらしいですよね何ですかお寺ですかはいお地蔵村があってそこに何か書いてありますねあはいあここでじゃあちょっと休息を起こしたと
11:06手に負ったけがの辛さを物語ります
11:11で次こっちですねはい
11:15ちなみにここ逃げてるのは何時頃ですかえっとね夜中の 2時3時に襲撃されたのでまあおそらくそうですねまだ夜が明ける前ですね
11:27本当に何か大変な思いをしながら暗い中逃げていったんですねさらに進んでいきます向かったのは堀川という運河
11:46何か橋が見えてきましたねそうですねこれも江戸時代からあるじゃあこの場所なんですねそしてはいここにですねその材木小屋で休んだ日があるんですね
12:06記録によれば龍馬はここにあった材木小屋の屋根の上に逃れたとされます寒空の深夜深い傷を負った状態で歩いて7、8分寺田屋からはおよそ600メートルで薩摩判定まではまだまだ距離がありましたそこで
12:34で三好晋三という連れに薩摩判定にこう助けを呼んでくれと言って行かせたんですが でも実はもうそれより早くですね薩摩判定に助けを求めていた人がいて
12:48それがですねお料なんですねさっきからちょっと忘れていましたけど
12:53あそこでなんか襲ってきたら逃げろって言った後に彼女はじゃあ単独で
12:59起点を聞かせてすぐにもう来てくれてで船で来て船の中にこう隠して龍馬を運んでいったということですね
13:08お料は一足先に薩摩判定に行き助けを求めていました
13:15薩摩判の船は龍馬を救出
13:22龍馬はお料のおかげで20人以上もの取り方から逃げ切ることができたのです
13:29今一緒に歩かせていただきましたね
13:34生きる気満々ですね
13:36生きてやろうっていう意識を感じる
13:39あのまあわかんないですよこの江戸末期ですから
13:42じゃあここで座って腹切るかっていうこともあったと思うんですよ
13:46あの武士道としてはね
13:48でも腹なんか切ってる場合じゃねえか逃げるぞっていう
13:51何かこう未来を見据えている姿がちょっと思いますね
13:55先生あの話をちょっと戻しますけども
14:00寺田にいた龍馬をなぜみんなが襲ってきたのかということなんですよね
14:05それはあの薩長同盟ですね
14:08要もあの薩長同盟を仲介したっていうふうに言われていて
14:11薩摩と長州という大きな藩これを結びつけて同盟を結んだら
14:17やっぱり幕府に対してはすごい脅威になるわけですよね
14:20そんなことでまああの龍馬が狙われたのではないかと
14:24そこで検証2
14:26ちょっとこれナイトさんめくっていただけますか
14:28いやちょっと楽しみですね
14:30いいえいいえ
14:31いいえおー
14:32あこれちょっと待って先生
14:34はい
14:35ちょっと気になるわけですよ
14:36これクエスチョンバークですよ
14:39そうなんです
14:39これなくていいじゃないですか
14:40はいそうですよね
14:41これ丸だと薩長同盟は龍馬の後席
14:44はい次ってやつよ
14:46はい
14:46軽減の中だった薩摩と長州が手を組んだことで
14:58時代は倒幕そして明治維新へと大きく動き出します
15:04この薩長同盟は龍馬の功績の一つとされてきました
15:10そのことを示すものとして同盟の覚書の裏には
15:17龍馬直筆の署名があります
15:20しかし
15:22近年ですね
15:25どうも龍馬の功績じゃないんじゃないかという説が出てるんですね
15:29それがこのクエスチョンバークに現れてる
15:33そうなんです
15:331月21日に薩長同盟が結ばれたと言われているんですが
15:37実はねもっと前にもう成立しちゃったんじゃないかと
15:40龍馬が来る前にも
15:42桂小五郎と西郷たちの間で
15:44ほぼね合意ちゃんとできちゃってるみたいなんですよね
15:49先生はこのクエスチョンマークに対してどう思われますか
15:52そうですね
15:53確かにね薩長同盟の席には龍馬いなかったのは
15:56ほぼ確実だと思うんですね
15:58だからじゃあ何もしてないかというと
16:00実はその前に薩摩と長州を結びつけるために
16:04ものすごいやっぱり活動していて
16:06例えばこの年
16:08この前の年にはもう3回もですね
16:11長州に龍馬は行ってるんですね
16:14だからその
16:16結ばれた時にはいなかったんですが
16:18実質的に薩摩と長州を結びつけた
16:21縦役者って言っていいと思うんですね
16:24薩長同盟をさっき言ったように結びつけようなんて
16:27結構いろんな人が言ってて
16:29でもこれを実現したのは龍馬なんですけど
16:32なぜ実現できたかっていうと
16:34本当に薩摩藩に対して一緒にアプローチをかけて
16:38最後を説得したりとか
16:39長州に何回も行って説得したりっていう
16:42通常心が折れちゃうようなことでも龍馬は折れないで
16:46やり続けた結果が長同盟に行くので
16:50そういった意味でやっぱり僕は龍馬は
16:52本当にすごい寝越えただったと思うんですね
16:54長同盟の締結には龍馬の卓越した交渉術と
17:01粘り強い努力が不可欠だったのです
17:05この後ですね今度はお寮と傷の療養を兼ねて
17:13薩摩の最後のところに行って
17:15せっかくなんでっていうことで
17:17しばらく日向山温泉とか霧島温泉をいくつか回って
17:21というわけで検証3です
17:24ザザン
17:25はい
17:25内藤さんどうですか
17:27似た人だと思うんです
17:29非常に似たタイプというのかな
17:35のような女性に思いますけどね
17:36
17:372人のロマンチックな逸話が残っている場所があるので
17:42ちょっとそちらにご案内したいと思います
17:44これ今産業通りの展開ですね
17:54そうですね
17:54南側に来ました
17:56こちらにお寮と龍馬の逸話がある神社があるんですね
18:02ここですか
18:03どう読みますか
18:06竹信稲荷神社という神社なんですけど
18:09ちょっと入ってみましょう
18:10はいちょっとお邪魔します
18:11失礼します
18:13失礼します
18:13入ります
18:14へえ
18:16ここはこれでもないですもんね
18:19そうですね
18:19はい
18:20竹信稲荷神社
18:23平安時代の初めに創建されたと伝わります
18:28ちょっとあちらに行ってみたいと思うんですが
18:32ものすごく大木が
18:35すごいですよね
18:36こっちからもありますか
18:37はい
18:37そのまますぐ行っていただいて
18:39これですね
18:42うわー立派だ
18:44はい
18:44樹齢850年のエノキなんですね
18:47ああこんな
18:48はい
18:49850年
18:50そうですね
18:51もちろん龍馬がもう生きてた頃から大木だったと思うんですけど
18:56ああそう
18:56境内にそびえ立つ高さ23メートル
19:02幹回り4メートルほどの大木
19:05四方に大きく枝を伸ばすエノキの御神木ですこの木には龍馬とお龍にまつわる2つの逸話が残されています
19:22あのお龍のですねお父さんがお医者さんだったんですが金の丘で安政の大木で牢獄に入れられちゃったんですね牢獄がこの近くにあってなかなかこう入れてもらえないので龍馬とお龍が非常にそれを心配してお父さん大丈夫かということでこの木の上に登ってその牢獄の様子を見たというそういう伝承がですねそうですかねはいあるんですね多分その辺になったのかもしれないですけど
19:39そしてもう一つの逸話がその後龍馬がお尋ね者になって結構危険な状態になるじゃないですかでなかなかお龍と会えなくなってお世がすごい心配して龍馬がどうしてるかっていった時でたまたまここに
20:09来たら龍という字が彫ってあってあっ龍馬今来てるっていうことで木に彫ってあったんですすごいはい今来てるんだっていうことでいろいろ探し歩いてでつてをたどってようやく龍馬と会えたということなんでそんなことで非常にね縁結びの神社としても大変有名だということなんですねそうかそうやって安否を伝えたっていうことですよね
20:36お龍は一体どのような女性だったのでしょうか
20:43やっぱり先ほどもうちょっとお話ししましたけどやっぱり行動すごく行動する人で自由な人と思うんだけどもでも何かその旦那さんのことを心配に思ったりお父さんのことを心配したりっていうなんか非常にこう女性的な面も持ち合わせてた方かなって気がしますね
21:02本当にねお龍は家族思いでお父さんがその獄中で亡くなってしまったのでお母さんと妹が2人いて弟も2人いて長女なんですねああじゃあ面倒見みたいなものですかそうです何とか自分でしなくちゃいけないっていうんですけどやっぱりお父さん亡くなってからすごい貧しくなっちゃって一家離産して妹もやっぱり悪い人にだまされて売られてしまうんですね
21:261人2番目の妹が大阪の友情にさせられちゃった時にお龍はそれを知って着物を売ってお金を作って京都から大阪まで行ってるんですよ取り戻しにするとお龍は妹をさらった悪人に対し有無を言わさず殴りかかりました
21:46相手が入れ墨を見せて脅すと今度は殺せ殺してみろと言い放ったそう。
21:58ついにもう仕方なく妹を返したというそういうなんか信念強いしもうガンとして動かないってそういうところは結構龍馬惚れたのかなと思うんですね
22:09やっぱり似てるところがあるんですかあるんですね信念を負けない自分が考えたことをやっぱり負けないで押し通すというところがあると思いますね
22:18今までね龍馬のいろいろこう生涯見てきましたがいよいよ龍馬が亡くなる年に入りますえっと67年ですねそうですね67年ですねでこの年の6月にですね戦中発作というものをまあこう表明してですよ
22:35戦中発作とは龍馬がまとめたとされる新国家の基本方針これが後の大政奉還や五箇条の御政門につながったとされてきましたところがこれ実は真実がありましてそれが検証4なんですね
22:58またいろいろいろいけるんですかこれちょっとお願いしますねえだってもうこれいい感じじゃないですかもううんええ戦中発作は龍馬が考えたのかかまたあのフレッションマークが最近ね新説が出てしまいまして本当にいい場面でねこう船の中で新政府構想っていうこれね龍馬が本当に作ったかどうか分からないというかそもそもその戦中発作を書かせたっていうんですけど
23:28戦中発作は明治時代龍馬の伝記の中で初めて登場近年作者の創作という説が唱えられています
23:50僕も内藤さんと同じ考え方で多分千中発作というものはなかったかもしれないんですけど後藤昌次郎に対して新政府構想千中発作と同じことは絶対に言ってると思うんですよ後藤昌次郎は土佐藩の武士龍馬に賛同し大政奉還を推し進めました
24:20龍馬の実機室の書簡がですね最近見せてはいしかもなくなる5日前のものが出てきたんですね
24:26本当はこれもっと後ですねこの11月10日ですかね5日くらい前とそうです本物を今日見せてもらえるということでちょっとそこに行ってみたいと
24:35そのことでいろんな常識が変わりますか変わります楽しみですねじゃあ行きましょうか はいこちらじゃあ
24:43ここは北浦天満宮のそうですね近くですねはいこちらにですねあの千中発作についてですねわかるですね龍馬が亡くなる5日前に書いた手紙があるんですねこちらですねはいはい
24:575日前に?
24:59訪れたのは京都物流ミュージアム坂本龍馬に関する期間限定の特別展示が行われていましたこちらですね
25:23龍馬が命を落とす僅か5日前に書かれた手紙そこにははいはいはいすごいですね
25:30Thank you very much.
26:00剣将都の坂本龍馬歴史の真実こちらですねこれは縦が16cmで横が92cmある本当に和紙で書かれた直筆のお手紙で福井藩の中根幸恵という人に宛てて書かれたものなんですね
26:27その中にですね2つですね重要なポイントがあってまず一つはこれ日にち分かります11月の10日ですね殺されるのが11月の15日なんで亡くなる5日目の本当にギリギリの手紙なんですね
26:47そう量って書いてますね馬がありますね小さくねもう一つですね後ろか1,2,3,4行目ぐらいに新国家って書いてあります
26:59国って一番難しい方の字ですね難しいですね
27:03国家の家計ですか財政のそうですねあの新国家のご家計って書いてありますね はい
27:17手紙の内容は福井藩にいる財政に長けた藩主を一日でも早く上京させ新国家の財政に備えるよう訴えたもの
27:29本当に龍馬が死ぬ間際まで国の新しい国づくりに邁進していたってことは分かるんですね
27:41しかもその財政化というまあ経済の観点からその新しい国を作ろうってあんまりそういう趣旨って多分いないと思うんですけど
27:49なるほど それはなんかなかなかすごいなと思いますね
27:53でもその戦中発作を作ったのは彼であろうということの一つの証拠になりますかね
27:59そうですね 龍馬ちゃんとそういう新国家の構想をしっかり持っていたのは間違いなくて
28:05やっぱりそれに向けて最後の最後までずっと満身して進んでいったというのはこの手紙からよく分かりますよね
28:13龍馬のすごいのはみんな思ってるんですよ薩摩と長州が同盟を結べばいいだろうとか大政奉還ができればいいだろうと思ってるんですけど結局動き始めてみんな辞めちゃうんですけど龍馬のすごさは絶対に諦めないでやり続けるってそれだからこそ歴史が僕は変わったんじゃないかなと思うんですね
28:32でもこれ11月10日の時はすごいですねこう思ってみるとうん力がね入ってますよねだからやっぱり当たり前ですけど死ぬと思ってませんよね思ってないと思うんですねはい戦中発作が存在したかどうかは分かりませんしかし龍馬は最後の最後まで
29:02まあこの手紙をね書いていつかいよいよ龍馬が最後の時を迎えますねはい11月の15日に大宮で暗殺されてしまうということですねこれは10日ですからね5日後ですねはいこのじゃ検証後ちょっとまためきてくださいはいもう怖いなこれはもう暗殺にかかることになるでしょうああはい黒幕が結構いるんじゃないかっていろんな説がねあるんですよね
29:31あのそうか真犯人ですからねはい犯人たちかもしれないでしょそうです1人じゃないかもしれないしだから最大なその龍馬の暗殺の犯人が分かるその場所にこれから行きたいと思うんですが
29:48その前に2人はとある場所へ
29:54京都駅の近くなんですけどまあこれね龍馬が最後に食べようとしたものがあるというそれ関連するお店なんですよこれやるしかないですよね
30:05はいやってください
30:05どっち
30:08いきますよはい
30:10ちっちゃい
30:11
30:11意外に似てますね
30:15そうですかありがとうございます
30:16龍馬っぽいですよ
30:18これを心これすごいですね顔はどれが正しいんですかいやこれあの実際写真を元にしてるんで結構正しいんじゃないですかねちょっとこう
30:28近眼で目がこうなってますよねそうです似てますね
30:33食べましょうか食べましょうか
30:36失礼します
30:41訪れたのはその名も龍馬シャモ農場
30:50高知の郷土料理など龍馬にちなんだ味わいを楽しめます
30:58お待たせしましたはいこれが龍馬さん
31:02龍馬のシャモ鍋です
31:05おおおおおおお
31:10龍馬は暗殺された日好物のシャモ鍋を食べようとしていたことが分かっています
31:17美味しそうですねこれどうやって食べいただくのが美味しいですか
31:21シャモの鶏ガラからあの出汁を取っているのでもう味がついているのでそのまま召し上がっていただくことも大丈夫なんですけど
31:29おっしゃるように何もしないでつけないで食べてきておくね
31:33いただきます
31:35うん
31:39うまい
31:40うまいですか
31:41うまい
31:41お出汁に十分味があるね
31:45いい出汁が効いてますね塩味の
31:48おいしい
31:49ありがとうございます
31:50マジうまいわ
31:51龍馬これ食べれなかったんですね
31:54食べれなかったね食べようと思って
31:55シャモを買いに行かせて買ってきたんですか
31:58はいあの峰吉という可愛がっている本屋の少年にシャモ買ってこいって言って買いに行かせている隙にまあ龍馬殺されてしまうということなんで
32:08じゃあシャモを持った少年が帰ってきた
32:11もう驚いたでしょうねだから本当にほぼ第一発見者みたいな形で龍馬がもっと中岡が亡くなっている現場をこう見ているんですね
32:20龍馬はよくシャモ好きっていうふうに言われるんですよね
32:23一説によると龍馬のお姉ちゃんチズさんって言われるんですけどチズさんの突着先で結構陶芸が盛んで負けたシャモはラブにしちゃうというね
32:37トサでの話ですね
32:38トサでの話ですね
32:39そんなことでお姉ちゃん家で初めてシャモを食べておいしいということで好きになったというそんな説もあるんですけど
32:47うまいですね
32:51おいしいですか
32:52龍馬はこれ食べれなかったんですよね
32:55食べようとして殺されてしまっていよいよ暗殺の時が来るわけですけども
33:00実際ですね龍馬が殺されたというその現場に行ってみたいと思います
33:04わかりました
33:05さあ
33:13ものすごい半くらいですけどこちらが龍馬が暗殺された大宮があそこにあるんですね
33:22今でも日が残ってましてこちらですね
33:25中岡慎太郎さんと
33:26ありで
33:27龍馬暗殺の夜
33:30一体何があったのか
33:32この後真相に迫ります
33:35何かこう息遣いを感じる感じがするんですよ今だに
33:41検証
33:47都の坂本龍馬
33:49歴史の真実
33:51龍馬が暗殺された大宮があそこにあるんですね
33:56今でも日が残ってまして
33:57こちらですね
33:58中岡慎太郎さんと
34:00はい
34:00今僕は知っているとこの日だけだったんですけど
34:04そうですね
34:04いろいろ今こういう
34:06今カラオケ屋さんですかね変わってますけど
34:10多くの人が行き交う繁華街
34:14河原町通り
34:16ここに暗殺の現場となった醤油や大宮がありました
34:21龍馬は33歳の誕生日の夜
34:26ここで中岡慎太郎と共に暗殺されたのです
34:32サイン内藤さんこちらに来てみてどう感じますか
34:38あのドラマで龍馬を切ったことがあって
34:41その撮影の前の日ですね
34:44ここに来て
34:45明日そういうシーンを撮りますってご報告をして
34:47なので僕にとっては
34:49フィクションではありますけど
34:51やっぱり実際にここに
34:542人はいてここで殺害されたっていう
34:58すごくリアルなものを感じますね
34:59本当にここに龍馬と中岡さんがいて
35:04息遣いを感じる感じはするんですよ今だに
35:09やっぱ俳優さんっていうのは
35:13そういう役を演じる前にいらっしゃるんですね
35:15現場にはね
35:16なるべく僕はそうしたいと思ってますし
35:18実際にいらっしゃった方なわけだから
35:20僕は架空の人物だとしてもね
35:23なのでここに来て
35:24何かちょっと思いを整えてから撮影に向かいました
35:27今はもう残念が日しかないんですけど
35:30実際もっと当時の状況がよく分かる場所があるので
35:33そちらにこれからご案内します
35:36はいお願いします
35:36じゃあ行きましょう
35:37こちらが漁然歴史館といってですね
35:42バックマスのいろんな資料があって
35:45ここに行くとバックマスのことが本当によく分かるんですね
35:48瞭然歴史館は幕末から明治維新にかけての貴重な品を保存展示している博物館です
35:59さあ分かる場所
36:03はいこちらですね
36:04これね大宮の模型なんですね
36:0910分の1のサイズなんですが
36:12龍馬が暗殺された大宮の模型
36:16暗殺の様子が細部にわたって再現されています
36:21これ先ほど大宮の入り口はどっちになりますか
36:28入り口はこっちですね
36:29じゃあさっきこう立ってたんです
36:32そうですそうです
36:33入ってきました
36:34入ってきて1人倒れてますよね
36:37午後8時半ぐらいだったっていうんですけど
36:40誰かが訪ねてきたんですよ
36:42で戸津川豪士というふうに名乗る人が訪ねてきたので
36:46龍馬の養人坊で相撲取の陶吉という人がいて
36:50下に降りていって横谷に出て
36:53で龍馬に知らせるために
36:55トントンと階段を上りかけた時に
36:57後ろからですね
36:58切られて
36:59でトーンとですね倒れた
37:02その音で龍馬が
37:04ほたえなと
37:04まあサグナっていう風に
37:06有名な声優
37:07ではい言ったわけですね
37:08でその瞬間に
37:10その死角たちはもう龍馬の居場所
37:12声で瞬時に悟って
37:15奥ですね
37:16そうです
37:16で一気にもう駆け上がって
37:182人だって言うんですけど
37:19あの龍馬に
37:20突然
37:21襖を開けた瞬間
37:23こう横にですね
37:24額をスパッと切られたと
37:26人たち目
37:27はい
37:27で龍馬はですね
37:29まあ本当に驚いたと思うんですが
37:31そこで後ろにあった刀を
37:33なんとか取ろうと言って
37:34こう後ろに向いた時に
37:36後ろから今度は
37:37けさ掛けで切られた
37:38ただその
37:40特攻の間の刀を
37:41なんとか取って
37:42で鞘を抜こうとしたんですが
37:43抜く間もなく
37:44相手がまた正面から
37:46こう不良してたんで
37:48それをガンと
37:49受け止めたんですが
37:51ものすごい
37:51その視覚の力で
37:52ググッとそのまま
37:54やられて
37:54頭を割られて
37:56動くようになった
37:57ということなんですね
37:59この頭を切られた
38:03三立目が
38:04致命傷になりました
38:06この状況って
38:15通常なぜ分かったかっていうと
38:17中岡慎太郎が
38:192日間生きてるんですよ
38:20そうですかね
38:20もう20数箇所
38:22切られてるんですけど
38:23なんとか
38:23生きて証言を
38:25言ってんですね
38:25伝えたんですね
38:26仲間がすぐに来て
38:29何人かに語ってるので
38:30おおむね
38:32状況が分かるんですね
38:34中岡慎太郎が
38:35その時
38:35殺されてたら
38:36このことは
38:36全然分かんなかった
38:37分かんなかった
38:38ある程度
38:40事実が今
38:41残ってるってことですよね
38:43誰が龍馬を
38:45切ったのかって
38:46いろんな説が
38:48あるんですけど
38:48実はそれが
38:50分かる証拠
38:51これがですね
38:52下にあるので
38:54ちょっと
38:54見ましょうか
38:55龍馬を切った人物を特定できる証拠があるといいます
39:01はいこちらです
39:05ああ
39:06おお
39:07桂駿之助という人が龍馬を切った刀だといわれてるんですね
39:15ご本人が残ってるんですか
39:17そうだといわれてますね
39:19どこに所属する人になりますか
39:22これはですね
39:23見回り組といって
39:25なるほど
39:25幕府の警察組織ですね
39:27なるほど
39:27なるほど
39:28分かりやすいことで言うと
39:32警察組織の人が
39:33言ってみれば
39:34犯人のような人を
39:35そうなんです
39:36逮捕しに行って
39:37切ったということでいいんですね
39:39はい
39:40どっちかの方が
39:41上の方ですね
39:41小さい方
39:43これででも相手を殺すって相当な強い思いがないとできないような気がします
39:51そうですよね
39:52短い刀なのでかなり屋内で戦いやすいっていうのでそういった意味でもちょっとリアルに感じますよね
40:01ちょっと見回り組の人が彼が切ったってことを伝えたってことですかね
40:08そういうことだと思いますね
40:10一説ですねこれはでもね
40:12はい
40:12いろいろな説があるんですよ
40:14ただ
40:15こんな感じでですね
40:17今でももう誰が犯人かっていうことで
40:22こう言われてるんですね
40:23見回り組以外にも新選組説もあって
40:28それも分からなくはないですね
40:30あと薩摩犯ですね
40:32薩長同盟で平和的に解決されたら困るので
40:36倒幕派なので武力倒幕したいんで龍馬を殺したとか
40:40あと奇襲犯は龍馬の船と衝突して
40:44龍馬のイロハムが沈んじゃって
40:46莫大な賠償金を龍馬から取られているので
40:49それを恨んでるっていう話があったり
40:52あとは土産犯説なんてもあったりするんですね
40:55グラバー
40:57これもねやっぱりグラバーは武器商人で
41:00龍馬とも親しいんですけど
41:01やっぱり武器を薩摩にいっぱい流して売ってたんですよ
41:04ただ大金をまだいただいてなかったんで
41:07ということで龍馬を殺したなんていう説があるんですね
41:10中岡慎太郎説
41:11これは龍馬が平和的な考え方だと
41:16中岡はむしろ武力で討伐しろって
41:17ちょっと考え方が違うじゃないかと
41:19だから同じ部屋で戦いになっちゃって
41:242人で同州をしたんじゃないかという
41:27絶対あり得ない説があったりするんですよね
41:29でも一応伺いますけど先生はどの説なんですか僕はもう見回り組ですねほぼ多分90%もっとかな実行犯は見回りが間違いないと実行犯ですそれはでもそれを例えば計画を立てた人間って誰ですかこれがね分かんないですよ僕なんか
41:48この後川井さんから驚きの推理が果たして龍馬暗殺の黒幕とは坂本龍馬暗殺の黒幕とは実行犯は見回りが間違いないと実行犯ですそれはでもそれを例えば計画を立てた人間って誰ですか?
42:18これがね分かんないですよ僕なんか後藤昌次郎がちょっとに酔ったりするんです戸佐犯の
42:24なるほどその理由は何ですか?
42:26龍馬は大政奉還後藤に提示しましたよね
42:30ただ土壇場になっても薩摩長州が討伐するって言い始めた時に最終的に龍馬は寝返ってるんですよ
42:38でライフル船長ぐらいを長崎から戸佐に持ち込んでこれから武力で討伐ぜよって武力討伐を進み始めて
42:45そうなると後藤が命がけで大相関してるのに龍馬が土壇場で武力討伐に寝返って
42:52これはちょっと許しがたいっていうのがある気がして
42:55僕これやっぱり誰が殺したのかってなると誰が得するかと思うんですよ
43:01そうですねよく言いますよね
43:03例えばその犯罪ではないかもしれない犯罪とした場合ですよ犯罪だとした場合暗殺した場合じゃあ誰が得したのかってなると僕は誰かじゃなくてあいつがいると自分が目立たないとかそういうふうに思った人間はいるのかなって気がします
43:20なので何かね何とか説じゃないですよ僕何か合意のような気がする誰か一般的な合意があってあの人いない方がいいよねなってそしておっしゃるように実行派はもしかしたら武士としての力もしかしたら美術もあるような見回り組みだったかもしれないけど要はいない方がいいよねっていう何かコンセンサスがあったんじゃないかって
43:42なるほどそれは本当僕考えてもなかったことでなかなか斬新な内藤さんもどこでか一つというよりもなんとなく合意形成がされていって歴史が龍馬を殺したんではないかと
44:12旅を終えた内藤さんは再び龍馬の墓へ
44:26今日いろいろ龍馬のことを聞いて改めて思ったことなんですけども
44:42常識を疑ってね自由をものすごく強く願った人であってそしてそのために行動することその行動力もすごくて
44:53この京都っていうかこの非常にこう色濃い深い街をですねずっとあの見守ってくれてるんだなっていうそんな気がします
45:23ご視聴ありがとうございました
45:24ご視聴ありがとうございました

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